由緒書(御祭神)

由緒書(御祭神)

天徳地徳乍身曾岐自在神てんのとくちのとくひつぐみそぎかむながらのかみとは

天徳地徳乍身曾岐自在神
御祭神・井上正鐵(いのうえまさかね)翁は、天の徳、地の徳、そして全てのいのちの太祖(おおみおや)である天照太神様の偉大な徳を取り次ぎました。
そして、「天徳地徳乍」の「乍(ひつぐ)」には、千年でも二千年でも永遠に消えることなく、信仰の火を灯し続けていくという意味が込められています。
御祭神は、「みそぎ」によって目指すところは、この世で自分の願いが全て叶う状態になること、自由自在の身「自在神」になることだとされました。
私たちは、御祭神の御徳を頂きながら「みそぎ」に励み、天地自然と一体になることによって、本性に立ち戻り、この世で生きながら神になることができるのです。

白川神祇伯王家しらかわじんぎはくおうけとは

白川神祇伯王家
明治維新までのおよそ800年間、神祇官の長である伯(はく)を白川家が代々世襲しました。伯家(はっけ)とも伯王家(はくおうけ)とも言います。
神祇官とは、もともと政治を司る太政官よりも上の位に置かれ、国家の祭祀を司る官庁でした。
そのため白川家が伝承し忠実に継承する祭祀のやり方や行法は、古代より朝廷を中心として行われたもので、天皇御一人のためのものであり、秘儀でした。
当神社の御祭神・井上正鐵翁は、白川家に入門し、そこで、神道の教えや行と出会われたのです。

古神道こしんとうとは

古神道
古神道の「古」とは、本当の、本来の、本物の、という意味を持ちます。
よって、古神道とは、神道のいわば核であり、日本人の信仰、生き方の原点、日本人の血の中にある思想、というべきものです。
この日本の天地自然を教典とするいのちの信仰です。
それは私たち日本人の信仰、生き方の原点であり、はるか縄文・弥生の時代から、この日本という地で、天地自然の中に生きながら、営々と育まれてきたものです。
私たち身曾岐神社では、この古神道の奥義に則った火の神事、水の神事を行い、神様の徳をお分けしています。
身曾岐神社造営の理念
身曾岐祓