H30会報誌インタビュー 金剛永謹さん「お能の生い立ちをたどると、、」

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2019.05.17

H30会報誌インタビュー 金剛永謹さん「お能の生い立ちをたどると、、」

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本記事は、身曾岐神社崇敬奉賛会の会報誌、平成30年版からの転載です。


「インタビュー」
金剛流 宗家 金剛永謹師

 身曾岐神社の例大祭は、毎年八月四日。宵宮の三日には、宮中の御神楽の儀を模してお能を神様に奉ります。『八ヶ岳薪能』と銘打ち、本年は二十八回めとなります。今回のインタビューは、五流の宗家としては、唯一上方(京都)におられる金剛流の宗家を訪ね、お話をうかがいました。

身曾岐神社に初めてお越しになったときの印象はいかがでしたか

まず、立派なお舞台があったので、びっくりしました。本格的な能舞台で、自然の中に舞台があり、周りの池がとても大きかった。あのような大きな池のところで、お能をした経験は、ほとんどありません。

もともと外で、自然の中で演じているのが、古い形のお能です。その元の形を感じるところでした。

舞わしていただくととても舞いやすいお舞台でした。

能の魅力は何ですか

今のお能は、分かるようにはなかなかなっていません。

私は、十歳頃から、オペラが好きなのですが、最初、オペラも取っつきやすいものではなかったのです。

最初は何をやっているのかも分からない。見ているうちに、だんだんに分かってくる。分かってくると面白い。お能の世界も同じだと思います。

何でもいいから、見たときに自分が感じるものを感じていただいたら、よいと思います。

お能は、見る面白さと同時に、やる面白さもある芸です。だから、信長や秀吉が舞ったりしましたし、今でもお素人の方が舞われます。

オペラとかは、素人が舞台でやってもムリでしょう。しかし、お能は、ある程度アマチュアの人がやっても格好になるというか、形になります。オペラやバレエほどひどいことにはなりません。

お能は、見る楽しみもあり、やる楽しみもある舞台芸です。

お稽古の中で大事にされていることは何ですか

まず、プロになる人には、能のいちばん大事なところ、本質です。それは、なかなかわからない。難しいです。単に技術を伝えるのは簡単ですが、精神的な部分は実に難しい。はっきり言えば、本人さんが自分で作っていくしかないという世界があるのです。

ある程度、能はこういうものだということは指導します。技術は指導すれば身につきます。しかし、精神の部分は、方向性を示すことはできても、そこは自分で作っていく部分ですね。

お素人さんの場合は、楽しみでされているものですから、やはり、楽しんでいただけるようにお教えをしています。

心と形という表現を使えば、最後のところに入って来ると、心と形は一体化してきます。心のない形は、本当の力のある形にはなりません。本当に力のある構えというのは、精神の強さとすごく比例します。見た目は格好いいけど、なんか、来ない。それは、その人の精神の方の深度の違いです。ここら辺(丹田)に力がこもっている人の能は強いです。

常に精神の集中をここへ持って稽古しないと身につきません。本番になったら、他のことで気がとられたら、消えてしまいますので。稽古の時に、完全に丹田の力を身につけておかないと、舞台に出て、急に、というのは、不可能です。

呼吸も演技にすごく関わっています。息を止めて、気をこめる。ここという場面では、そのようなこともします。

金剛流は唯一上方にありますが

江戸幕府ができた時、初めは駿府だったそうですが、駿府の徳川家康のところに行って、それから、二代将軍秀忠の江戸へ皆移って行ったようです。能の宗家というのは、皆、江戸幕府ができた時、今の東京に移りました。ここの家の本家もそうでした。

ここは、ずっと御所の出入りの能の家です。昭和十年頃、本家の血筋が途絶えたので、分家であったここが、宗家を引き継いだのです。

例えば、オペラでは、ロシアオペラ、ドイツオペラ、イタリアオペラ、フランスオペラが違うのは当然です。国が違うのですから。

しかし、国が一緒でも違います。ドイツの北の方のオペラと南の方のオペラ、これは、気配が違います。

そのような多様性は、文化にとって大事であると思っています。ただその多様性がだんだん薄れて、どこの国を見ても、皆中央のものに寄っています。

江戸と上方は、ずぅーと違ったわけですが、江戸と上方だけではなく、日本全国に渡って、文化がもっと多様だったと思います。

上方のお能は、御所のお能なので、武家の江戸のお能とは違います。ご覧になる方々が、天皇やお公家さんですので、その雰囲気なのです。

江戸の方は、将軍を始め、大名、旗本。お侍さんがご覧になるので、やはり気風が強いのです。

江戸と上方のお能の違いは、ご覧になる方のお好みの違いが出ているのです。

薪能とは?

薪能は、奈良興福寺のお水取りの行事なのです。薪能と言うと、薪を焚くので、薪能と思われているのかもしれませんが、基本は、お水取りに使うお松明(たいまつ)を神さまの前に置き、その前で能を行うので、薪能と言うのです。

お水取りは、本当に寒い時期です。私が子どもの頃は、まだ守られていました。雪がチラチラ降っていたのを覚えています。お客さんもまばらでした。しか
し、神さまは見ておられる。

お能というのは、最初は神さまに見てもらっていたのです。

鏡板に松を描くのもそうです。影向(ようごう)の松と言いますが、あの松に神さまが降りてこられます。春日大社のおん祭りというお祭りは、松の前でいろいろな芸能をしていきます。神さまの前で行う。それが芸能の原点です。その原点を今に伝えているのが、後ろの鏡板です。

お能は、松の上にいる神さまに捧げます。ですから、最初に出て来たら、後ろに向いて謡うのです。出て来て、まず最初のひと言は神に向かって、そして正面に向かって演じます。

みなさんに御宗家から何かメッセージをお願いします

日本古来の精神は神道だと思います。

宗教というものは、人をある程度律してくれるものです。神とか、仏とか、八百万の神とか、そういった存在が見ている。だから、自分は正しく生きなくてはならない。

昔は、宗教と人間との間に大事なつながりがあったと思いますが、今や科学の発達によって、宗教というのは、絵空事のようになっています。

神社やお寺や教会に行って、人間として、ここはこうでないと人間でないというようなこと、自分を見つめ直すことが大事だと思います。

身曾岐神社には、立派な能楽殿があります。なかなか能舞台をご覧になる機会も少ないと思います。お能は、その生い立ちをたどれば、宗教儀礼の中から生まれて来たものです。その結びつきも見て頂ければと思います。

(ありがとうございました。)

※平成二十九年十一月十六日、金剛能楽堂にてインタビューをさせていただきました。

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