身曾岐神社の身曾岐(みそぎ)とは、「きれい」になることです。
もちろん滝に打たれたり、海や川で水をかぶったりする行も「みそぎ」ですが、神道では目に見えない心や運命までも「きれい」にして、一日一日を楽しく、明るく、生き生きと過ごすことを何よりも重んじています。
日本人は何事も「きれい」「きたない」を、考え方の根本に据えています。それが西洋の「善悪」と違うところです。たとえ仕事で失敗しても、大きな災難が降りかかっても、ある期間、しっかりとみそいで、真新しく「きれい」になれば、また新たな人生を踏み出せると考えたのです。
私たちが健康でいられるのも、またよき縁に結ばれるのも、学業が成就するのも、事業が繁栄するのも、すべて「みそぎ」からです。まずみそぎをおこない、「きれいな心と体」になってこそ、すべての願いはかなうのです。
この身曾岐神社は、御祭神・井上正鐵(いのうえまさかね)翁がお伝えになった古神道の奥義「みそぎ」の行法並びにお徳を、広くみなさまにお分けする神社でございます。どうかこの身曾岐神社に参られまして、一人でも多くの方が心も体もきれいになり、日々を楽しく、明るく、生き生きとお過ごしになれますよう、ご祈念申し上げます。
古神道(こしんとう)とは ページの先頭へ戻る
御祭神・井上正鐵翁が白川神祇伯王家から伝授され、今日の身曾岐神社へと受け継がれているもの、それが古神道です。古神道の「古」とは、本当の、本来の、本物という意味。私たち日本人に最も近しい、いわば日本人の血の中にある神道、それが古神道なのです。
古神道は私たち日本人の信仰、生き方の原点として、はるか縄文・弥生の時代から育まれてきました。それが時代と共に洗練され、神祇官という制度によって約1,300年もの間、菊のカーテンの内に秘められ、守られてきました。この完成された信仰を忠実に継承してきたのが白川神祇伯王家であり、その白川家から井上正鐵、そしてこの身曾岐神社へと、自然を教典とするいのちの信仰――古神道は受け継がれてきたのです。
私たち身曾岐神社では、この古神道の奥義に則った火の神事、水の神事を行い、神様のお徳をお分けしております。