祈年祭 としごいのみまつり

神社の恒例祭祀は、大、中、小と分かれますが、

祈年祭は、大祭に分類されます。

秋に行われる新嘗祭と対をなすみ祭りです。

もちろん、新嘗祭も大祭です。

としごいのみまつり と呼ぶ

祈年祭(きねんさい)は、別に「としごいのみまつり」ともいいます。

古来毎年二月に年穀の豊穣と共に、皇室の御隆昌と国家万民の安泰を祈る祭儀で、既に大宝令にもその名が見え、由来する所極めて古いことが知られています。

この祭の主旨は、只に年穀の豊穣にとどまらずあらゆる産業の発展、国力の充実を祈請するものと解すべきとされています。

「年」(とし)とは、もと「穀物のひと実りする期間」を言いますので、

よって、年を祈るということは、豊かな実りを祈るということになります。

ここ身曾岐神社では、毎年立春の日の午前10時から火祥殿において執り行っています。

身曾岐神社の祈年祭

身曾岐神社における祈年祭は、

一日午後より宮司始め神職が瑞松宮に参籠し、精進潔斎、

四方(よも)八方(やも)天地を祓ひ清め、

四日立春未明にお水を取り、そして、昇る朝日の光を頂き、

その水と火により粥を調製し、

それぞれ、忌水、忌火、忌粥を神様に奉り、

天地神明の御恵みに感謝するとともに、

五穀豊穣、産業振興・発展、万民の弥栄えの祈りを捧げ、

相嘗めに頂きます。(直会で粥を食することを通し、神の御働き・御力を頂きます。)

神道とは「いのち」の信仰

初学修行座の中で、次のように伝えています。

神道とは、天地自然を教典とするいのちの信仰である

一番のポイントは、

いのちを見据えているということ。

そして、いのちの根元は何か? それは、日(火)と水。そして、むすび

神は火水(かみ)なり

神道の教えの中に、「神は火水(かみ)なり」という言葉があります。

火は、なんと言ってもお日さまが代表、天を象徴し、水は、大地を象徴します。

いのちは、この天と地のむすびにより、生まれ、むすびの中に生かされて生きています。

古事記の冒頭にも、まず天より兆し、次に地が応えることが、記されています。(天之常立神~國之常立神~豊雲野神)

私たち人間も含めてこの世のありとあらゆるいのち、生きとし生けるものは皆、天地の間にあって、天地の恵みを受けて、そのむすびの中に、生かされて生きています。

なぜ立春に

立春とは、どういう時なのでしょう?

節分は、季節と季節を隔てるもので、四季、すなわち春夏秋冬、節分も年に4回あります。

暦の上では、節分を迎えて立春が来ます。次の新しい年のスタートです。

実は、立春を機に、天地の気が生まれ変わると言われています。

新しい一年が始まろうとするまさにその時(立春)、未明にお水をとり、早朝の日を頂きます。これは、すなわち、天地の御力を頂くということです。

歴史的には、祈年祭の祭日については、『養老令』神祇令では「仲春祈年祭」というだけで、何日というきまりは見えません。

『貞観儀式』巻第一では、

 二月四日祈年祭儀

とあり、『延喜式』四時祭上には、

 凡祈年祭二月四日、・・・

とあって、平安時代には二月四日と定まっています。ただし、いつ二月四日に定められたのかは明らかではありません。

(参考:青木紀元著、『祝詞全評釈』)

いのちの更新・よみがえり

ずっと続いて行くためには、惰性に流されていてはだめです。

いつでも新鮮であってこそずっと続いていきます。

ポスターを今一度ご覧ください。

祈年祭の祭壇の写真を背景にしています。

鏡の前に火、その前に御幣、その前に水の入った瓶が奉られています。

火は、早朝に太陽の陽の光をむすんで頂いた火

瓶の中の水は、未明に頂いた水

です。

なお、御幣は、造化三神を表します。

祈年祭の式の中で

玉串奉奠の後、火祥壇上に奉っていた忌火が火祥殿正面奥の御鏡の前に移されます。

そして、式後、御幣を先頭に神職が火祥殿玄関より出て水祥殿に向かい、水祥殿において忌水が御神水井戸の中に注がれます。

この行事によって、

火祥殿、水祥殿は、よみがえることとなります。

すなわち、そのお働きの更新です。その後一年の営みがあります。

ひふみ粥

祈年祭の直会に供されるお粥を「ひふみ粥」と呼んでいます。

ちなみに、器は、「ひふみ椀」。

「ひふみ粥」は、祈年祭当日、すなわち、立春の未明~早朝にかけて頂いた「火」と「水」、そして、新嘗祭での奉納米で調製されています。

直会は、神さまのお力お働きを身に体する機会です。

頂く(=食べる)ことで元気(パワー、エネルギー)を頂きこの身は保たれます。

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電話番号:0551-36-3000
受付時間:午前9時~午後5時