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天地と共に生き合い、自然を教典とする“いのちの信仰”古神道、千載にわたり白川神祇伯王家に伝えられてきた“神ながらの道”――神道中興の祖・井上正鐵への神伝を経て、その真髄をことごとく相承する身曾岐神社。東に世界遺産にも登録された霊峰富士、南に甲斐駒ケ岳を眺望し、日本列島の中立に屹立する八ヶ岳の南麗、約12万平方米におよぶ自然豊かな青緑の地に定めた万象調和のまほろば「高天原」。そこに古神道本宮・身曾岐神社は鎮座します。匠たちの伝統の技が惜しみなく注がれた神明造りの本殿。古神道の神学、「神は火水なり」を具現した火祥・水祥の両殿。東域には日本伝統文化の象徴として、神池に浮かぶ能楽殿。さらに、門外不出とされた古神道の行法を伝授する修行の社としての瑞松宮。わが国で唯一、「古神道本宮」の名を冠し、日本の伝統精神文化の原点を正しく伝承する社として、その神殿群は清々しく甍を連ねています。
お札、お守りをご参拝の皆さまにお授けするところです。
お札やお守りには、神様の息吹がこもっています。お札を家の神棚にお祀りしたり、お守りを身につけたりすることは神様とご縁を結ぶことになります。
そのことから、授与所はご参拝の皆さまと身曾岐神社でお祀りしている神様とを結ぶ窓口と言ってもいいでしょう。
身曾岐神社の境内には、授与所を四か所に設けています。第一授与所、第二授与所、第三授与所に加えて、社務所に併設。普段は第二授与所と社務所併設の授与所の二か所だけになり、9時から17時まで(夏期は17時半まで)神職、もしくは巫女が常駐し、奉仕させて頂いています。
※夏期期間は、7月1日~8月31日、9月の土・日・祝日です。
授与所ではお札、お守りの授与のほか、御祈祷の申し込みも受け付けています。また、御朱印は社務所併設の授与所で申し受けています。
神様のお祀りの仕方やお参りの仕方、お祓い、御祈願、御祈祷、結婚式、地鎮祭や上棟祭といった出張神事など、各種ご相談や申し込みにつきましては社務所へお越しください。
この禊殿は、上流に滝、下流に能舞台前の神池があり、その中流の池に社殿が浮かぶ構造になっています。
これは神世の昔、イザナギノミコトが黄泉の国から帰り、身についたけがれを清めようとして川辺に立ち、「上つ瀬は瀬速し、下つ瀬は瀬弱し」として中つ瀬に降りられ、そこで初めてみそぎをされ、次々に尊い神々をお生みになったという神話に基づいています。
80年という長い年月をかけて湧き出る御神水・八ヶ岳の湧水が常に溢れ、上からは直接、自然光が差し込む神殿内。ヒノキの柱に壁は麻の布という一切の人工物を介在せず、自然そのものの素材による空間の中で、光と水が1つに結ばれる神域になっています。
「神は火水(かみ)なり」という古神道の思想、古事紀の世界をそのまま象徴、凝縮された禊殿は、屋根にも1つの思想が体現されています。そもそも古代日本人にとって天空とは1つの屋根であり、私たちの祖先はその天地に育まれ、素朴で豊かな暮らしを営んでいました。そのことから、他の多くの建物の屋根が外り、あるいは直線であるのに対し、この禊殿の屋根は天空や古墳をイメージした内反りになっています。
まるで雪で作ったかまくらのように、何か日本人の郷愁を誘うような神殿、それがこの禊殿なのです。
当神社の神楽殿にあたるのがこの能楽殿。
木造檜皮葺入母屋造り、使用木材は全て木曽ヒノキという贅沢さで、本舞台・橋掛・鏡の間・貴人席という、本来の能舞台に必要な要素を完備。しかも、それらが舞台を中心に羽を広げた鳳凰のようにバランスの取れた配置を示しています。
さらに一連の舞台群は、その前景をなす神池の上に浮かび、水面に姿を映す風情が幽玄の境地をさらに高めるだけでなく、池水そのものが音響を効果的に増幅するという作用も兼ねています。
舞台正面の鏡板に描かれた老松は、文化勲章受章者の故守屋多々志(ただし)画伯(1912~2003年)が描いたもの。能楽界でも「1度は演じてみたい舞台」との声が高い、まさに日本一の能舞台です。
この能楽殿において、毎年8月3日に大祭の宵宮(よいみや)として『八ヶ岳薪能』を盛大に開催。当日は日が落ちると共に、神職による「篝火(かがりび)点火の儀」が行われ、迫りくる宵闇の中、神火が明々と映えわたり、それを映す水鏡という幻想的な雰囲気を味わうことができます。
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境内案内
わが国で唯一の古神道本宮 身曾岐神社
天地と共に生き合い、自然を教典とする“いのちの信仰”古神道、千載にわたり白川神祇伯王家に伝えられてきた“神ながらの道”— 神道中興の祖・井上正鐵への神伝を経て、その真髄をことごとく相承する身曾岐神社。
東に世界遺産にも登録された霊峰富士、南に甲斐駒ケ岳を眺望し、日本列島の中立に屹立する八ヶ岳の南麓、約12万平方米におよぶ自然豊かな青緑の地に定めた万象調和のまほろば「高天原」。そこに古神道本宮・身曾岐神社は鎮座する。
匠たちの伝統の技が惜しみなく注がれた神明造りの本殿。
古神道の神学、「神は火水なり」を具現した火祥・水祥の両殿。
東域には日本伝統文化の象徴として、神池に浮かぶ能楽殿。
さらに、門外不出とされた古神道の行法を伝授する修行の社としての瑞松宮。
わが国で唯一、「古神道本宮」の名を冠し、日本の伝統精神文化の原点を正しく伝承する社として、その神殿群は清々しく甍を連ねている。
自然を教典とする“いのちの信仰”を伝承する古神道の本宮にふさわしい、本格的な神明造りの社になっています。
社殿には木目美しい青森ヒバを使用し、国宝・奈良薬師寺金堂西塔の再建などに携わったわが国屈指の宮大工たちが、3年近い歳月をかけて精魂込めて建て上げました。
虚飾を排し、白木と直線によって構築された簡素にして清楚なそのたたずまいは、いのちという目に見えないものの営みを教示し、拝する人々の心を素直にさせ、祓い清めてくれるでしょう。
この火祥殿では、古神道の教えにある「神は火水(かみ)なり」という思想に基づき、火そのものを御神体として崇めています。
ご神鏡と共にお祀りしているのは、神様から頂いたご神火。すなわち天からの光を地に結んだ清らかな火を点じたご神火です。
そのご神火の霊力により、毎月2日、12日、22日の午後2時より、古神道の秘儀「神道霊寶火祥加持(しんとうれいほうかしょうかじ)」が奉修されています。
火は人間の心や運命といった精神を司り、私たちの願いはお焚き上げされる炎によって神様のもとへ。その結果、あらゆる災厄病魔の根元が祓い清められ、運気隆昌「よみがえり」のご守護が頂けるのです。
この水祥殿は、古神道の教えにある「神は火水(かみ)なり」という思想に基づき、水そのものを御神体として崇めています。
八ヶ岳山麗の地中深く、約80年の歳月を経て清められたご神水の湧き出る井戸を神座とし、そのご神水をお祀りしています。
この地上すべての生命の源である水。
多くの古社が水源地に鎮座していることからも明らかなように、昔から私たち人間にとっても水は重要なものでした。
また禊といえば海や川、滝などで行じる姿が思い浮かべられるように、水の浄化力は古来より霊験あらたかなものとされてきました。
この水祥殿では、清浄神秘なご神水による水祥神事(車のお清め、交通安全祈願)を執り行っています。
古神道の行法を相伝するために造営された広大な修行の館。
神楽や能などを奉演する能楽殿、そして白川神祇伯王家に伝承されてきた秘伝中の秘伝「十種神宝御法」を行ずる道場としての永世殿、息吹殿、禊殿など一連の神殿群から成ります。
宮内には宿泊研修施設を完備しており、赤松林に囲まれた閑静で落ち着いた環境の中、能楽および各種セミナー、研修会などにも利用されています。
お札、お守りをご参拝の皆さまにお授けするところです。
お札やお守りには、神様の息吹がこもっています。お札を家の神棚にお祀りしたり、お守りを身につけたりすることは神様とご縁を結ぶことになります。
そのことから、授与所はご参拝の皆さまと身曾岐神社でお祀りしている神様とを結ぶ窓口と言ってもいいでしょう。
身曾岐神社の境内には、授与所を四か所に設けています。第一授与所、第二授与所、第三授与所に加えて、社務所に併設。普段は第二授与所と社務所併設の授与所の二か所だけになり、9時から17時まで(夏期は17時半まで)神職、もしくは巫女が常駐し、奉仕させて頂いています。
※夏期期間は、7月1日~8月31日、9月の土・日・祝日です。
授与所ではお札、お守りの授与のほか、御祈祷の申し込みも受け付けています。また、御朱印は社務所併設の授与所で申し受けています。
神様のお祀りの仕方やお参りの仕方、お祓い、御祈願、御祈祷、結婚式、地鎮祭や上棟祭といった出張神事など、各種ご相談や申し込みは社務所へお越しください。
この禊殿は、上流に滝、下流に能舞台前の神池があり、その中流の池に社殿が浮かぶ構造になっています。
これは神世の昔、イザナミノミコトが黄泉の国から帰り、身についたけがれを清めようとして川辺に立ち、「上つ瀬は瀬速し、下つ瀬は瀬弱し」として中つ瀬に降りられ、そこで初めてみそぎをされ、次々に尊い神々をお生みになったという神話に基づいています。
80年という長い年月をかけて湧き出る御神水・八ヶ岳の湧水が常に溢れ、上からは直接、自然光が差し込む神殿内。ヒノキの柱に壁は麻の布という一切の人工物を介在せず、自然そのものの素材による空間の中で、光と水が1つに結ばれる神域になっています。
「神は火水(かみ)なり」という古神道の思想、古事紀の世界をそのまま象徴、凝縮された禊殿は、屋根にも1つの思想が体現されています。そもそも古代日本人にとって天空とは1つの屋根であり、私たちの祖先はその天地に育まれ、素朴で豊かな暮らしを営んでいました。そのことから、他の多くの建物の屋根が外り、あるいは直線であるのに対し、この禊殿の屋根は天空や古墳をイメージした内反りになっています。
まるで雪で作ったかまくらのように、何か日本人の郷愁を誘うような神殿、それがこの禊殿なのです。
※外からは確認できますが、普段は入ることができません。
優れた医者でもあった御祭神・井上正鐵翁は、「養生」という言葉で信仰を大衆に向かって説いていました。この養生思想を現代に活かすために、当神社の表参道に江戸時代の薬種問屋を思い起こさせる「心と体の養生の館」、養生館が設立されました。この養生館では、体の養生のため、和方・漢方に基づく様々な健康食品、自然食品類を、心の養生ということで、神棚、神具類を取り揃えています。
また養生館の隣にある鶏舎では、御神鳥である鳥骨鶏を見ることができます。
神社の神楽殿にあたるのがこの能楽殿。
木造檜皮葺入母屋造り、使用木材は全て木曽ヒノキという贅沢さで、本舞台・橋掛・鏡の間・貴人席という、本来の能舞台に必要な要素を完備。しかも、それらが本舞台を中心に羽を広げた鳳凰のようにバランスの取れた配置を示しています。
さらに一連の舞台群は、その前景をなす神池の上に浮かび、水面に姿を映す風情が幽玄の境地をさらに高めるだけでなく、池水そのものが音響を効果的に増幅するという作用も兼ねています。
舞台正面の鏡板に描かれた老松は、文化勲章受章者の故守屋多々志(ただし)画伯(1912~2003年)が描いたもの。能楽界でも「1度は演じてみたい舞台」との声が高い、まさに日本一の能舞台です。
この能楽殿において、毎年8月3日に大祭の宵宮(よいみや)として『八ヶ岳薪能』を盛大に開催。当日は日が落ちると共に、神職による「篝火(かがりび)点火の儀」が行われ、迫りくる宵闇の中、神火が明々と映えわたり、それを映す水鏡という幻想的な雰囲気を味わうことができます。
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